私立大学の競争と労働組合の不在

1990年 私立大学のうち定員充足率 90パーセント未満の大学数 1.98%
2013年 同 30.0 % 100%未満だと実に 40.3%
日本私立学校振興・共済事業団 私学経営情報センターによる)
この統計から見て、現在日本の私立大学で少なくとも30%以上の学校が実質無試験で入学できる。実際受験産業が毎年発表する『大学ランク』でもBF(ボーダーフリー)評価不能、と格付けされる大学・学部は増え続けている。この統計だけでは判別できないが、殆ど全入状態でようやく定員確保している学校もたくさんある。
これは、大変不思議な事である。大学とは研究者の集まりである。高校までの先生は教育に専念しなくてはならないけれど、大学の先生には教育の他に、研究の時間が保障されている。そういう頭の良い人たちである。教育問題を研究されている先生もたくさんいるはずだ。18才人口がどうなるかは少なくとも17年前にはわかっていた。大学進学率の推移も予測が付いた。にもかかわらず、このような事態を招いた。
18才人口はこの23年で201万人から123万人に減った。しかし、一方で大学進学者は49万人から61万人に12万人増えた。大学進学率は25%から50%に上がった。にもかかわらず定員割れが起こるのは、私立大学定員が30万人から45万人に増えたからである。更に、2013年度募集定員の110%以上生徒を入学させた学校は200校、35%もある。
私立大学全体が苛烈な競争に晒されている。競争を自ら進んで行っている。その結果勝ち組、負け組ができる。勝ち組の中には強気の経営拡大を続ける学校が現れ、今も学部の新設、校舎建設をどんどん続ける。例えば立命館大学。
1994(平成6年)年 政策科学部 開設
2004(平成16)年 情報理工学部 開設
2007(平成19)年 映像学部 開設
2008(平成20)年 生命科学部・薬学部 開設
2010(平成22)年 スポーツ健康科学部 開設
一方、募集停止学部、廃校に追い込まれる大学が次々現れる。wikipediaによれば
立志舘大学(2003年閉校)。
東和大学(2007年募集停止、2011年閉校。)
日本伝統医療科学大学院大学(2009年募集停止)
LCA大学院大学(2009年募集停止、2011年閉校)
聖トマス大学(2010年募集停止)
三重中京大学(2010年募集停止)
神戸ファッション造形大学(2010年募集停止)
愛知新城大谷大学(2010年募集停止、2013年閉校)
福岡医療福祉大学(2011年募集停止)
映画専門大学院大学(2012年募集停止)
創造学園大学(2013年閉校)
東京女学館大学(2013年募集停止、2017年閉校予定)
2013年度の統計から見て、このような大学は更に続くことは間違いない。定員の50%生徒を集められなかった学校が17校もある。この競争よって、大学が淘汰されるのは望ましいことだろうか。確かにある程度の緊張感は必要だろう。しかし現在の競争は異様である。
生徒募集のために大学が費やすエネルギーの例。
・入試
AO、推薦、一般A、一般B、など入試の種類が増える。また地方会場開設で入試会場が増える。これにかけるエネルギー・予算は相当なものになると想像する。いわゆる入試問題の作成でエラーは許されないし、問題の質はそのまま大学の質として評価される。また運用は厳正が求められる。にもかかわらず英語など1年に10種類以上作問している大学はたくさんある。このために大学の先生はどれだけ精力を使っているか。
・オープンキャンパス
年を追って回数が増え、時期が早まり、派手で内容が豪華になる。かなり高価な昼食が無料で食べられたりする。実施に大学はかなりの労力とお金を使っている。
・大学説明会
これも、オープンキャンパスと同じく回数が増え、時期が早まり、更に全国にわたり地域を拡げている。入試担当職員ばかりか、教授まで説明に現れる。これも、生徒向けと学校教員向けの2種類がある。また業者が主催するイベントが結構たくさんあり、これにも参加せざるを得ない。また高校が近隣の大学を招いて行う独自の説明会もある。私の勤務校でも、高校2年生向きに1回、3年生向きに1回それぞれ10大学程度の先生を招いて開いていた。仲介する業者がいて、それが出来るのである。全国の高校でこれをやったら大学の先生の出張回数はどうなるか。
・高校まわり
大学の先生が全国の高等学校の進路指導部を回って歩いている。募集資料を配り、大学の説明をし、高校生の受験を場合によっては懇願なされる。いただく名刺を見ると、大学の入試担当職員ではなく教授である場合も多い。中には国立大学を定年退官され再就職された先生にまで出会う。夏の暑い時期、スーツ姿で汗を拭きながらやってこられる。講義や研究はどうされたのだ。
私立大学は学生の納付する授業料によって成り立っている。国の助成金もあるがこれも学生数によって決定される。学生数を確保する、しかもなるべく質の高い生徒を確保しようと思えば、高校生とその保護者の人気を獲得しなければならない。こうして大学は、高校生とその保護者の即自的要求に応える事が至上命令となる。先の、高校まわり、大学説明会で殆どの大学が最初に口にするのは就職率と就職指導である。大学は定員確保の最重要課題として就職指導に取り組んでいる。高校は大学予備校化し、大学は今や「就職予備校」と呼ばれる。また受験者の志望動向に敏感に反応し、学部学科の新設統廃合が頻繁に行われている。時代の流れ、国家の要求に動かされる事ない独自の価値観を把持することが私学の使命であった時代はとうに終わってしまった。理念を堅持しようとしている大学はある。ICUのように昔から評価の高い上位校で比較的規模の小さい学校は、その理念を維持し、世間の評価も得ている様に思う。それでも学生の質と数を確保するために苦労している。偏差値で「中堅」と言われる学校は理念を維持して、学生数を減らす、学生の学力を落とすか、学生と保護者に迎合するか二者択一を迫られている。
高校の教員、高校生、保護者にも責任はある。大学をよりよい就職をするための道具、もしくは学歴ランクをなるべく上げるための機会としか見ていない。良心的な大学の教育は、なかなか伝わってこないし、そのような中身にそもそも関心がない。
最初の統計を引用した日本私立学校振興・共済事業団の様な組織はあるにもかかわらず、競争は防止できない。私立大学全体で入学定員の調整をすればこのような異常な競争は防げるはずだ。現在の私立大学は企業だ。企業と同じ論理で生存競争を行い、勝ち組は拡張を重ねる。コンビニ、家電量販店、ファーストフードチェーンと変わりない。
多くの私学経営者が企業の論理しか持ち得ない事は、残念な事だ。これを仕方のない事としよう。それでは、各大学で研究をしている先生方は何をしているのだろう。
「こんな無駄な競争をやめませんか」
と言い出す先生がなぜ表に出てこないのだろう。労働組合の存在意義のひとつは、経営者から強いられる競争、それによる労働条件の悪化、労働の質の低下を防止する事にある。全国の大学の先生が団結し、経営者と向き合えば、随分の仕事が出来るはずなのに。労働問題の本がたくさん出ているのだから、労働組合に詳しい大学の先生だってたくさんいるはずだ。ご自身の地位保全のためその知識を生かすことが出来ていないから、こういう結果が生まれる。
大学の先生、もっと団結なさってはどうですか。政治的な理念など脇に置いて、大学教員の仕事の質を維持するためにどうして団結できないのですか。
しかし、あまり無責任にこんなこと言えない。高等学校でも姿を変えて苛烈なサービス競争が行われていて、教員組合はこれを防止する機能を殆ど果たせなくなっている。
これが、新自由主義、グローバリズム時代を迎えた教育の現状だ。
新自由主義に対抗し得る、労働運動の創造が求められている様に思う。