ダイアモンド

ジャレド・ダイアモンド Jared Diamond
『銃・病原菌・鉄――1万3000年にわたる人類史の謎』2000年日本語訳刊
『文明崩壊――滅亡と存続の命運を分けるもの』2005年日本語訳刊
『昨日までの世界――文明の源流と人類の未来』2013年日本語訳刊
等の著者。独自の視点で現代社会の危機に警鐘を鳴らす。他の著作を含め大変面白いのだが、特に『文明崩壊』は説得力がある。過去崩壊した文明の原因を探りながら、今世界が一つになって崩壊の道を歩んでいる事を教えてくれる。実に念入りな論理展開で、読み終わると背筋が寒くなる。 単行本で上下900頁にのぼる書物だが、飽きることなく一気に読んでしまった。
「何年先を見越して共同体の利益を考えたか」「何年先を見越す事ができたか」が文明の存続と崩壊を決定づけるポイントなのだ。(遠い将来を見越して共同体の存続を図った希有の例として江戸幕府の森林政策が挙げれれている。現在の日本が世界中で行っている森林伐採についてはボロクソ批判されているのだが。)『見えざる手』はウソだ。市場を構成するそれぞれが最大利益を追求しあえば、市場は最良の結果を与えるはずだった。現在の「グローバリズム」推奨者も基本この立場だ。しかし時間軸をとって、どれだけ先までを見越して最大利益を追求しているかはこの論理ですっかり抜け落ちている。1年先の利益と10年先の利益は必ずしも一致しない。我々は原発でそれを思い知らされた。(ちなみに、ダイアモンドは原発推進派である。地球温暖化防止のためには原発必要と考えている様だ。)株式市場では、1秒先の利益を巡りコンピュータが取引をしている。我が国の政治家は、何先を見越して政策立案をしているか。国民に何年先の未来を提示しているか。繰り返し起きる「異常気象」をもっと深刻に受け止めるべきなのだ。ダイアモンドは「とおく先を見よ」と言う。増加し続ける人口と経済拡大の結果として増大する資源とエネルギー消費を見れば、遠くない将来地球環境は破局を迎える可能性がある。
 論理の展開は、驚くべき広がりを持つ。文理問わず現行の学問分野の恐らくあらゆる領域を覆い尽くして議論が展開される。巻末に附加されたブックリストの量だけでも圧倒される。その意味では、これから将来の進路を定めようとする高校生、特に大学で何を学ぶか考えている高校生に是非読んでもらいたい書物だ。学問のヒントに満ちあふれている。調査研究が単なる知識の集積に終わらない事を鮮やかに教えてくれる。本物の知性に触れる機会として絶好。
彼の書物が持つ気持ちの良さは、他の文献に依拠して語る事が一切ない事だ。日本人の書く書物を読むと、欧米思想家の引用が絶えないことにうんざりする事が多い。カードゲームの様に知識を競う。日本だけではなく翻訳書の中にもその傾向の書物はいくらでもある。彼の書物は前記のように膨大な資料を参照しながら書かれているのだが、論理の展開はあくまで彼自身の言葉で書かれている。××イズムを批判する事で自分の立場を語るようなこともない。あの文献量から見て、日本の学者が良く引用する様な古今の有名書物に目を通していないがずはない。けれどそれが決して表には出てこない。日本の評論家は困るでしょうね。分類して批評することができないから。文献解釈を巡って異を唱える事ができないから。
そして、生産性。本業は鳥類学者だ。フィールドワークを重ねたニューギニアが彼の発想の原点にある。その傍ら、数百の文献を駆使した千頁に及ぶ書物を数年に一冊の割合で書き続ける。インタビュー集『知の逆転』(NHK出版新書)の冒頭に彼が登場するのだが、本に書いてある事改めて聞き直すようなことするよりも、彼の知的生産性の秘密を探って欲しかったな。

教壇に立つ教員は、『文明崩壊』を基礎教養としてほしい。
これから大学進学を目指す高校生は『文明崩壊』をこれからの学びのガイドマップとしてほしい。